2006年05月29日

1993韓国編完

F邸のあるじの『諸国漫遊記』」ですが、週に1回の投稿を目標として細々とやっております。

本日、「1993韓国編」を終了しました。全3回です。

次は、来週?から「1994年スペイン・ポルトガル編」をスタートする予定です。

気が向いたらお立ち寄りくださいませ!
posted by F邸のあるじ at 12:45 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

2006年05月18日

小ネタ1(新しいブログ立ち上げました。)

私の海外旅行での徒然を綴った諸国漫遊記ですが、やはりこのブログ内での掲載に違和感を感じたので別ブログを立ち上げました。
その名も、

F邸のあるじの『諸国漫遊記』

こっちは日々の出来事を中心とした記事、漫遊記は海外旅行の思い出オンリーの記事という棲み分けです。

早速、「@フルハウス」に掲載した過去の記事も再投稿しております。

そして、新たに1993韓国編をスタートしました。

新たなブログは「@フルハウス」の番外編として細々と続ける予定です。

@フルハウス & F邸のあるじの『諸国漫遊記』

ともども宜しくお願いします!
posted by F邸のあるじ at 23:49 | ロンドン ☀ | Comment(9) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

2006年05月02日

諸国漫遊記〜1992香港・中国編(スクラップブック)〜

■香港のビル群(九龍半島から香港島を望む)
香港1.jpg

■今は亡き九龍城(写真の向きがバラバラです)
(左下がドミトリーの窓からみた通りの様子)
香港2.jpg

■広州から上海へ向かう車内での出来事
(上:車内で食べた弁当/下:女性の車掌さんと筆談中)
列ヤ1.jpg

(上中:車内の様子、和気あいあい/下:車窓の風景)
列ヤ2.jpg

(車窓の風景)
列ヤ3.jpg

(車窓の風景/上の写真には田んぼに牛がいます。)
列ヤ4.jpg

■上海の街並み
(黒山の人だかり)
上海1.jpg

(2両編成のバス)
上海2.jpg

■上海の屋台にて
上海3.jpg

■西湖にて
(黄昏れる人)
西湖1.jpg

(ボートで知り合った中国人のカップル)
西湖2.jpg

(湖岸の様子)
西湖3.jpg

posted by F邸のあるじ at 18:31 | ロンドン | Comment(5) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

2006年05月01日

諸国漫遊記〜1992香港・中国編D〜

上海を拠点に1泊2日でやってきた杭州。

ここには「西湖(せいこ)」という美しい湖があります。

そこはまさに漢詩の世界。
湖に垂れる柳がとても風流。
綺麗な(近くで見るとゴミが浮いてますが)風景が目に広がります。

ボートに乗ります。
料金は、人民と外国人の2重の料金制度。
通過も人民の通過と、外国人の通過と2種類ありました(現在は廃止されました)。
ようは外国人からたくさんお金をふんだくろうという意図です。

高い料金を払うのが嫌な我々は黙って中国人料金で払おうとしますが、日本人だとばれてしまいます。やはり身なりや顔の骨格なんかが違うんですね。
人民と比べると法外に高い料金を払ってボート遊覧をしました。

そして夜は湖の魚を中心とした料理。
結構泥臭かった。ちょっと苦手かな。

そして、中国のトイレに関するエピソード。
杭州にある百貨店で用をたしましたが、そこにはなんと扉がありません。
丸見えです。
見られながらしなくては・・・羞恥心を持つ私には結構ショックでかかったふらふら

それが原因となったかどうかはわかりませんが、それ以降1週間近くも出ませんでした。
この出来事を『杭州(ハンチャオ)ショック』と呼んでおります。

ここ杭州まで来たら、同じ道程により上海→広州→香港までの折り返しとなります。

帰りの列車も行きと同じような感じでしたが、我々4人は相当疲れていたみたいで、あまり元気はありませんでした。

中国の騒々しさは凄まじいものがあります。
絶えまない人の波、大きな声、クラクションの音。

広州から香港へ戻ったときに、香港が静かなところだと感じました。

そして、日本へ。

〜〜飛行機〜〜飛行機〜〜飛行機〜〜

日本がこんなに静かな国なのかと初めて知りました。
日本という国がお互いに無関心で、なんか冷たい国のような感じを受けました。

また一方で、中国は日本の悪いところをひどく誇張した面もあったような気もします。反面教師と言う言い方は中国に対して失礼ではありますが、我が振り直せという気がしました。

この旅行によって、中国に対して抱いていた勤勉かつマジメな国だというイメージが思いっきり覆されました。
今まで、自分の身の回りにしか感心のなかった学生時代の日々。
それが、世界ではいろんな人がいて、いろんな暮らしがあることを実感しました。

世界には思いもよらぬ、様々な出来事があるのだと。
世界は広い。でも、世界各国そこには我々と同じような日常的な毎日の暮らしの場がありました。

若かった私にとって非常に有意義な旅でした。
ここでの出来事は、ここでの2週間は、今日の日々の生活にも少なからず影響を与えています。

〜1992香港・中国編完〜
posted by F邸のあるじ at 00:00 | ロンドン ☔ | Comment(8) | TrackBack(1) | 諸国漫遊記

2006年04月30日

諸国漫遊記〜1992香港・中国編C〜

上海では留学生のご家族関係者の方にいろいろと案内していただきました。

中国の方のもてなし方は、日本の田舎のそれよりも何十倍も手厚い。
本当に失礼のないように、最大限のもてなしをしてくれます。

その留学生の実家は上海でそれなりの地位にある方のようですが、我々貧乏学生に対して、高級料理店、いろんな観光地に連れていってくれました。
夜もご自宅で泊めていただきました。

謝謝!

上海は中国最大の都市。

市内中心部のデパートに行きましたが、人の数が半端ではありません。
人人人人人人人人人・・・すごい数です。
当時は階段しかなかったのですが、各階を繋ぐ階段は通勤ラッシュなみ。
黒山の人だかりです。

あらためて・・・

中国恐るべし。

上海では次の目的地である杭州までの切符を買わねばなりません。
上海駅に切符を買いに行きました。
駅で切符を買うのは至難の業。中国は列を作らない国民性です。
窓口では早いもの勝ちです。
こっちもがむしゃらになって窓口に割り込み、なんとか切符をゲットしました。

上海の街も、列車内で見かけたゴミ捨ての延長。

人民の方々は平気でゴミをポイポイ捨てていました。
だから足下は汚〜い!
それを掃除するのがお仕事の方がちゃんといますから、みんなポイポイ捨てるのでしょう(今はわかりません!)

上海の夜は火鍋(上海風すき焼き?)なるものをご馳走していただきましたが、例によって、手厚い歓迎を受けた我々はの旅の疲れもあり、大いに酔っ払ってしまいました。
いろいろ証拠写真も残っていますが凄い地獄絵です。

しこたま飲んだ私が一番酔いました。潰れました。

《途中略がく〜(落胆した顔)

コンタクトレンズも片方なくして、それ以降の旅は半分の視界で見た出来事となります。

二日酔いの最悪の体調を大いに引きづりながら、上海から列車で杭州へ。
列車は当時最高クラスの車両とのことでしたが、背もたれが直角に曲がっており、シートも固く、二日酔いの人間にとっては最悪の乗り心地でした。

二日酔いでやって来た杭州。そこには「西湖(せいこ)」という美しい湖があります。

〜つづく〜
posted by F邸のあるじ at 22:25 | ロンドン 🌁 | Comment(3) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

2006年04月28日

諸国漫遊記〜1992香港・中国編B〜

広州で見たカルチャーショックも覚めやらぬまま、広州から上海へ向けて旅立ちます。

2泊3日の鉄道の旅です。

我々4人はベッド付きの「硬臥」という安い寝台席を確保しました。
中国の鉄道は、やはり車内も人であふれています。
そこにはいろんな人々がいました。

そして、日本人に興味を持って話しかけてきます。
もちろん中国語で。

さて、ここでのコミュニケーションは筆談です。
これが面白い。結構やり取りできるし、言葉を覚えることができる。

お互いのたわいもないことを紙に書き込んでは、渡して、そして書き込んでもらって。
いろんなことを尋ねたり教えたり。
車中での楽しい出来事でした。

深センから来たという幼い女の子とその母親のことが印象に残っています。
その子どもと楽しく遊んだことも。
子どものやさしい笑顔に国境はありません。

それと大昔に日本でも流行った「笑い袋」が、なぜか流行っていたみたいで、車内のどこかから聞こえる「笑い袋」の笑い声にみんなが大笑いしてました。

そんなゆったりした鉄道の旅。

車内での楽しみの一つがお弁当。駅のホームや車内で売り子からお弁当を買います。これが美味い!ご飯におかずが乗せてあるだけですが、とてもおいしかったのを覚えています。

食べた弁当の容器(発砲スチロール)、車内で出たゴミは窓の外にポイッ!が中国の列車内での日常的な行動です(現在はわかりませんが)。

個人のゴミだけではなく、車内備え付けの大きなゴミ箱も同じように係の人がやって来て、窓を開けて、中のゴミをポイッ!っと豪快に捨てていました。

ありゃりゃ!

目が点になりました。

車内での楽しい出来事によって広州でのショックから立ち直っていた我々にとって、その行動は新たなカルチャーショックでありました。

窓の外を見ると、レールの外側に、もう一つゴミの白いレールが出来ています。

それと、混み合う車内で大問題なのが、トイレ。
あまりにも汚い話なので書きませんが、朝などはもうとんでもないです。
これまた大きなショックを受けました。

そんな中国の列車の旅。上海まではいろんな人が出入りします。
英語をしゃべるビジネスマンもいて、我々と仲良くなり、ビールをおごってもらったりしました。

車窓に映る大きな大きな月に感動しました。
気分が高揚してか、窓の外の大きな月を見て詩を書きました。
日記に残っています。

ガタンゴトン、ガタンゴトン。

途中の停車駅で人が降り、そして乗ってきます。
昼であろうと夜であろうと関係ありません。

真夜中に大きな荷物を抱えて乗り込んでくる人々。

窓の外は、牛を使って田んぼを耕す人々。畑で作業する人々。

地球上にはいろんな人の生活があるのだと、当時の私は強く感じました。

〜つづく〜
posted by F邸のあるじ at 00:05 | ロンドン 🌁 | Comment(7) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

2006年04月26日

諸国漫遊記〜1992香港・中国編A〜

香港から中国へ。
当時は国境を越えなければなりませんでした。

汽車は深センから広州へと。

香港では異国の雰囲気を味わいつつも、大きな驚きはありませんでした。
楽しみながらも海外ってこんな感じなんだなぁ、なるほどなるほど!と思っていました。

ところが・・・

中国に入るに従い、だんだん雰囲気も変わってきました。

我々4人が広州の駅に降り立ったとたん、
香港で抱いた異国に対するイメージがぶっとびましたexclamation

ここは香港とは違う、全く違う国だ!
民主主義から共産主義の国へ。

広州の駅のホームには怖い顔の軍人さんが闊歩しています。
香港では色鮮やかだった景色が、一変して地味な配色の風景に。

パスポートコントロールも緊張しながら怖々とした気持ちで受けたのを覚えています。

そして、駅の外を出るや否や想像の範囲を大きく超える世界が目や耳に飛び込んで来ました。

駅舎の中は、すごい人の数。
駅の外は自転車にバイクに小型自動車の大群。

クラクションの嵐
人々の大きな声。
外国人を見つけては声をかけてくる怪しげな人々。
単に喧噪と呼べるようなレベルではない絶え間ない騒音。

エネルギッシュ?パワー?が固まりとなって、ぶつかり合っているような光景。

目の前で、駅前ロータリーをくるくる回る自動車に自転車が巻き込まれる事故どんっ(衝撃)が起きた。
自転車が大きくひっくり返ってました。

そして圧巻は
駅前で見たケンカ。

若い兄ちゃんが年老いた女の人とケンカをしていた。
若い兄ちゃんが本気で蹴飛ばしています。
年老いた女性も負けじと言い返していますが、さらにキーック!
お互い闘争心剥きだしでケンカしています。
相手が女性、しかも年老いているということなど全く関係なく対等にケンカしています。

す、凄い気迫だパンチ

でも、まわりの人はまたかと言った感じの目線。
日常的な光景なんでしょうか。

普通に、たくさんの人々が足早に歩き、大声で話しをし、
そして、車のクラクションは絶えず鳴り響く。

ははぁ、これが中国ですか。
凄いところに来たんだなぁ。

広州では、次の目的地、上海へ向かうために降り立っただけですが、インパクトの強さは十二分に強烈でした。

これは静かな大人しい日本では想像できない世界です。
喧噪の香港の街もはるか彼方の穏やかな世界に見えてしまいます。

異国の地に来たのを実感しました。

そんな中国の初めの一歩でした。

一泊した後に周辺をブラブラしましたが、その印象は変わらず。
活気のある市場では、日本では、まず見ることも食べることもない食材が並んでいます。(生きているのもいます!)

そして、広州駅にもどり、鉄道に乗って上海を目指しました。
鉄道での長旅です。

〜つづく〜

広州《Guangzhou》上空 (by google earth)
広東省広州.jpg
posted by F邸のあるじ at 12:57 | ロンドン 🌁 | Comment(9) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

2006年04月25日

諸国漫遊記〜1992香港・中国編@〜

初めての海外旅行は香港・中国の旅。

きっかけは、大学院時代の友人Mとの
「どっか行きたいなぁ」「中国でも行くべか」とのやりとり。

そんな1992年の夏。

大学にいた中国人留学生に中国行こうと思っていると話をしたら、実家のある上海に是非寄ってほしいとのこと。なら上海は絶対外せない。

上海までは鑑真号で行こう。
北京も外せない。万里の長城だ。上海からは鉄道で移動しよう。

11月の渡航を目指して、着々と計画は進む。

ところが、その年の初秋。
仙台で学会があったついでに仙台周辺を旅をしていたら、日本へ観光に来ていた香港人の若い女性2人連れと出会い、それなりに仲良くなった。

香港かぁ!行ってみたいなぁ。

急遽予定を変更。
上海へは香港から鉄道で北上して行くことができる。

さらに、ゼミの友人他2名も加わって、4人での旅行となった。

HISでチケットをゲット(当時は安かった!)
香港のホテルは香港ガールに頼んで安いドミトリーを取ってもらった。
パスポートも作った!

このときはバックパックを持っていなかったので、ワンゲルに所属していた先輩から借りた。それが南京袋のようなしろもの。
使い勝手悪く、重くて悲惨でした(借りておいて文句はないですが)

さぁ、いよいよ出発だ!

〜〜飛行機〜〜飛行機〜〜飛行機〜〜

来たぜ香港!
名古屋空港から香港へは4時間のフライト。
ルフトハンザはガラガラ。
当時は離発着が危険だと言われていた「啓徳空港」。
確かにビルや街の近くを飛びながらの着陸。

啓徳空港に降り立ったのは夜。
タクシーでホテルまで移動。
映画で見た、漢字ばかりの看板や喧噪。
初めての海外で少しばかり異境の地という感触は得たが、日本とさほど変わらないなぁと感じた。

ホテルは手配してもらった数百円のドミトリー。
一つの部屋に二段ベッドが沢山並んでた。

いろんな国から来たバックパッカーが泊まってた。

部屋からは香港の裏通り。夜は遅く、朝は早い。
耐えず喧噪が聞こえてくる。

香港での食事は美味かった。
酒も安くて缶ビールが100円の世界。

香港では仙台で知り合った女の子と行動をともにする。
いろいろ連れていってもらった。

夜景に、おいしい飲茶屋に連れていってもらった。
夜景は綺麗だったかな?忘れてしまった。
地下鉄にも乗ったし、香港島とを結ぶ船にも乗った。

形の変わった細長いビルがニョキニョキと生えている。
たしか「ぢ」の看板を掲げたビルがあったような・・・。

そんな香港。

夜の屋台はさらに面白い。
当時の日本では既に見られなくなった不思議なオモチャが一杯。
怪しげなポスターに怪しげな看板。
賑やかな街でした。

他の面々と別行動をとったりもした。
九龍城跡地を見に行ったり、バード・ストリートなる鳥だらけの通りへも行った。

初めての海外旅行は、大きな驚きはなけれど、十分に刺激的な滞在であった。

滞在中に、中国行きのビザの取得、汽車の手配などを済ませ、

そして、一路広州目指して汽車に乗った。

いざ、中国へ!

〜つづく〜

香港上空(by google map)
香港.jpg
posted by F邸のあるじ at 12:15 | ロンドン ☁ | Comment(5) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

2006年04月21日

諸国漫遊記〜はじめに〜

ブログをはじめたときから、書いてみたいと思っていたのが、これまで訪れた国々の旅行記。

昔から地球儀や地図帳を見るのが大好きで、ブックローンの国別ガイドを本がクタクタになるまで貪るように読んでいました。

少年時代、「行ってみたいな よその国♪」と海外への憧れは強かったです。

そういう憧れを胸に抱きつつ、これまでに幾つかの国を旅しました。
どの旅も思い出深いもの。どれも素敵な楽しい思い出が詰まってます。

これらの思い出を風化させないためにも、ブログというツールを使って書き留めておこうという狙いです。

日々の出来事を中心とした「@フルハウス」の番外編として、いつもの記事の合間合間にこれまでの海外旅行での出来事を『諸国漫遊記』と題して綴っていきたいと思います。(長期計画です。)


私の旅のスタイルはバックパックです。
実は新婚旅行もバックパックを背負っての旅。
そのときに妻は車輪付きのバックパックを購入。
とは言っても、一時期流行った猿岩石のような貧乏旅行を目的としたわけではありません。(それに近いことはしたことありますが)
旅先で身軽に動くことのできるようにという意味でのバックパックです。

その土地をじっくり歩いて、人や街の様子を眺めたり、文化に触れたりするのが好きです。
日本とは違った風土・自然をぼーーーっとゆっくり眺めるのが大好きです。
その土地の人とのいろんなやり取り、食事や買い物、鉄道やバスでの移動、ちょっとしたハプニングが楽しみです。

年齢に応じて旅のスタイル、お金や時間のかけ方は変わってきています。
そのときの自分にあった旅をしてきた気がします。

さてさて、今回は「はじめに」と題して、これまで行った国をざっと紹介します。

行った順番に書きます。
で、ちょっとしたコメントを添えます。
( )内はメインの目的地ではありませんが、ワンデイ旅行や宿泊などで立ち寄ったところです。

ではでは・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

1992 香港・中国
初めての海外旅行。約2週間。中国へは香港から鉄道で入国。広州から上海・杭州へと。
大学時代の仲間4人と。中国の凄まじさに圧倒され、カルチャーショックを受ける。
上海では留学生の実家に泊めてもらい、手厚い歓迎を受ける。

1993 韓国
学生時代、学会で博多へ行った次いでにパスポート片手に船で入国。5日間の旅。
仲間3人で行くも、帰りは3人バラバラ。私は船で出国。
いろんな人と出会う。旅の面白さを知る。でも帰国後お腹が大変でした。

1994 スペイン・ポルトガル(モロッコ、ジブラルタル)
卒業旅行。初めての一人旅行。いろいろトラブルもあったが楽しかった。
お酒もたんまり飲んだ。一人で行く旅の面白さを認識。旅のスタイルを確立。

1994 ベトナム
ここから社会人。会社の先輩と2人で。夏休みに約1週間の旅。これまた面白エピソードあり。
いろんな人と出会う。また、ベトナム人の人の良さに好印象を受ける。

1995 コスタリカ(アメリカ・ロサンゼルス)
GWを利用しての一人旅。カリブ海沿岸の小さな村でのんびり10日間ほど。
ここでもいろんな人と知り合う。自然と海に堪能しつつも、言葉が通じず海で溺れかける。

1998 ギリシャ(イギリス・ロンドン)
約1週間の一人旅。仕事が多忙を極めて、過去2年旅行に行けなかった。
鬱憤を晴らすべくエーゲ海のはずれの島でのんびりと過ごす。ヌーディストビーチへも行く。

1999 イギリス・アイルランド
約1ヶ月の一人旅。最長の海外旅行。
イングランド、スコットランド、アイルランドをレンタカーや鉄道などでぐるりと回る。
ゴルフセットも持参。ギネスビールを飲みまくり。セントアンドリュースでは宿がとれず凍えかける。
ヒッチハイカーとの旅、アラン島での夜、幾多の思い出あり。楽しかった。

2000 セント・マーチン&アンギラ(アメリカ・マイアミ)
新婚旅行。カリブ海の小国へ。アメリカで2回乗継ぎなおかつマイアミで一泊。遠い遠い国でした。
10月が30日までだと思い込み、ホテルの予約日数が1日足りなかった(でも問題なし)。
海はきれい。日本人を誰一人見かけないホントに異国の地であった。いつかまた行きたい!

2002 イギリス・アイルランド
妻と2人で。ウェールズとアイルランド中心。日程的に無理をしてしまったが楽しかった。
アイルランドの美しさに惚れ惚れとする。でも、レンタカーでのドライブ中、スピード違反で捕まり、罰金を支払う。イギリスでは友人家族にもてなしてもらう。

2005 中国
ビジネスで13年ぶりに中国へ。行き先は北京のみ。スモッグがすごかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

てな具合です。10回の渡航歴です。
もっと行ってたと思ってました。

これらのエピソードをまじめに書くと膨大な作業量になりかねません。
それは本意ではありません。

ごくごく私的な旅の思い出帳になると思いますが、皆さんにも読んでいただけるよう、独りよがりの記事にならないよう、わかりやすく簡潔にまとめてみたいと思います(面白くはかけないかも)。

その前に、旅先で書いてた日記を読み直してみないといけませんが、
ちゃんと日記が残ってるかどうか非常に心配ですが。

では次回、香港・中国の旅からスタートします(いつになるやら!?)
posted by F邸のあるじ at 09:00 | ロンドン | Comment(20) | TrackBack(0) | 諸国漫遊記

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