2006年12月20日

坂の上の雲

sakanouenokumo.jpg


読み始めたのは、ちょっと動くだけでも汗ばんでいた頃。

あれから○ヶ月。

通勤電車の行き帰り。出張の行き(帰りはお酒飲むので×)。

お昼休みのちょっとだけ空いた時間。

そして、寝る前の僅かな時間。

文庫本で総数3000ページ以上はあったかなぁ。
1日で読めるページは限られているし、内容も濃いので、読破するのに時間がかかってしまいました。

いろんなところで話題になる本だけに、かねてより是非読んでみようと思ってましたが、なかなか読むきっかけがありませんでした。

それが、昔々の記事のコメントでNむらさんに勧められたのが後押しとなりました。

この『坂の上の雲』、
ご存じの方も多いかもしれませんが、
ときは明治時代、主人公である四国松山出身の秋山好古・真之兄弟の若き日々から日露戦争での活躍まで描いています。
(本の表紙↑を見ると、静かに物語がはじまって次第に戦争へ突入する様子がわかりますね。)

物語や小説というより詳細なデータがたくさん出てくるので
ノンフィクションのような感じを受けます。

前半は、もう一人の主人公、同じく松山出身の正岡子規との交流を中心とした話。
そして、後半では、いろんな時代背景を描きつつ日露戦争へ突入。

前半は、正岡子規の底抜けに前向きな性格に微笑ましさと驚きを感じました。
正岡子規と言えば国語の教科書に載っている不気味な横顔(安田大サーカスの右の人に似てる!?)のイメージがありましたが、この本の中では、そんなイメージとは反対の明るい楽天的な性格が描かれています。
あとがきを読むと、その明るい性格も当時の日本だからこそ有り得たような感じです。
かの「野球」という言葉は正岡子規が作った造語で、それを広めようとしていた場面も出てきました。

後半の日露戦争では、大国ロシアに挑むための、ありとあらゆる努力について書かれています。
軍事力を高めるだけではなく、戦術的な努力、外交の努力等々。

明治時代。まだまだ日本は農業国家で、欧米の大国と比べて物資や人力など圧倒的に不足しているにもかかわらず、それをカバーするべく最大限の努力をしたということです。

そして、帝政ロシアの堕落した内情など、日露のいろんな人の視点や時代背景について司馬遼太郎の考察も含めていろいろと描かれています。

ここでは書ききれないほどいろんなことを感じ、そして学びました。

ただし、あとがきにもありましたが「太平洋戦争での敗戦が国民に理性を与え、日露戦争での勝利が国民に狂気を与えた」という言葉。
そして、あまりにも多くの犠牲を強いたにもかかわらず、結局は講和でのハンコ一つで物事が決まってしまう・・・

最大限の努力を精神力による賜であると履き違えてしまい、その後の暗黒の時代に突入してしまいます。

そういった戦争の空虚さも語ってます。

しかし、日本が明治維新によって近代国家を手に入れ、試行錯誤で国が形づくられている時代に、日本中が国防のために一丸となり、「坂の上の雲」を目指して、体や頭がどうにかなるほど全身全霊に頑張っていたということについて、我々の先輩である日本人の「誠実さ」「勤勉さ」といった国民性を感じた次第です。

この国民性というものが、今の時代にも我々の中にも脈々と流れているんかなぁ。

この作品が、サラリーマンのバイブルとして相応しいという評判ですが、それが何となくわかったような気がします。

個人的には、最後に秋山兄弟の絡みが欲しかったなぁ。
戦後に、あの兄弟がどのように接することになったのか知りたいところです。

・・・

う〜ん、疲れた。

また大作にチャレンジしてみよっと!
読んでいない大作・名作はたくさんあるし、もう一度読んでみたい作品も幾つかあるし。

でも、疲れた。

次はやっぱ軽めの本にしようかしら。
posted by F邸のあるじ at 12:48 | ロンドン ☔ | Comment(8) | TrackBack(0) | 読書

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